社会保険労務士・野崎大輔氏の原点 その生き方・考え方、その軸となった書籍とは?
- 2020.05.26
- プロパートナーONLINE 編集部
人は産ぶ声を上げた瞬間こそ、それほど大きな違いはないものの、数十年後にはそれぞれまったく違う境遇と思想の中で人生を過ごしている。
中には俗にいう成功を収める者もいれば、困窮に喘ぐ者もいるのが現実だ。
それは自身の“選択”の連続によって引かれた人生の轍だが、この選択に大きな影響を与えるものとして学校や先輩の教え、親の教育、そして時に“一冊の本”であることも珍しくない。
本企画では士業に就いている方を対象に己に影響を与えた書籍をセレクトしていただき、その背景を交えてご紹介しよう。
今回は社会保険労務士として人材開発コンサルティングを行っている、グラウンドワーク・パートナーズ株式会社・代表取締役 野崎大輔氏。
目に付いたパンフレット
直感的に選んだ社労士の資格
時は2000年。ミレニアムという言葉とは裏腹に日本経済は失われた10年の真っ只中。2018年現在とは真逆の就職氷河期であった。そんな時代に大学を卒業した社会保険労務士の野崎大輔氏。とはいえ、当時はまだ士業の資格取得に向けた勉強や、就職活動も一切していなかったという。
「私の父が公務員で、その影響か漠然と公務員になろうと考えていました。仕事の詳細は全く知りませんが、ラクそうだな、という世間一般のイメージと同様の不埒な考えからです。
しかし、時は就職氷河期で大学卒業と同時に就職浪人、フリーターとなるコースが一般化していた時代。公務員試験の志願者は激増し、私はいわゆる全く勉強しない怠慢な学生でしたので、言うまでもなく落ちました。もちろん民間企業の就職活動もしていなかったため、ああ、自分は“無職”になるんだと実感しました」
就職先は見つからないまま、卒業を間近に控えた2月、突きつけられた現実に落胆しつつ大学のキャンパスを歩いていると生協の購買に並んでいるパンフレット群の中のある1枚に目が移る。
「それはよくある資格予備校のパンフレットでしたが、当時の不憫な状況からか私には強烈な輝きを放つダイヤモンドのように思えました。士業の資格さえ取れれば、なんとかなるんじゃないだろうか! と。
私は、とりあえず全種類のパンフレットを棚から引っこ抜き、束を抱えたまま図書館へ直行したんです。
そこで初めて士業の資格や業務を知ることとなりました。資格は何でもいいからとにかく合格することが最優先だと思ったので、まず受験内容からいけそうだ、とか難しそうだ、とか精査したんです。そこで社労士、中小企業診断士、FPの3つに絞り込んだ末、マークシードだった社労士を選び勉強を始めました。ただ、無職でお金がなかったので近所の書店に行って参考書と過去問題集を買って……それだけです。学校へは行かず全て独学で挑戦しました」
2000年4月に野崎氏は社労士の勉強を開始する。しかし、まさかのハプニングが発生!
当時付き合っていた彼女にフラれたのだ。この出来事に野崎氏は大きなショックを受ける。
とはいえ、恋愛と受験勉強は本来、対極に位置するもの。
図らずも、野崎氏の心はガッチリと試験勉強一本に固まった。
ただ試験は毎年8月に行われるため、期間はたったの4ヶ月、冷静に考えれば翌年度以降の受験がターゲットになるなか、野崎氏は残り少ない4ヶ月の学習での受験を決意した。
「卒業してから毎日ヒマだったので、図書館で10時間以上机に向かいました。そして7月の直前模試を受験するも判定はE判定。合格からはかなり遠かった。それでも諦めず最後の1ヶ月をトコトン追い込んだところ、本番の試験では、2点足りず不合格となりました。人によってはガッカリするかもしれませんが、私は逆にこの期間でここまでこれたことに自信を覚えました。“イケる”という確信にたどり着いたんです」
試験の結果は11月、来年こそはと勉強をする傍らバイトを開始した野崎氏だが、ここで意外な障害が降ってくる。
「親の反対ですね。『お前、いい加減に働け!』と。親の心情としては大学を卒業してフリーターのような生活を送ることは許せないですよね。
ただ、自分としてはもう、社労士資格を取る方向に舵を切っていたので、もう1年受験させて欲しいと、半ば強硬に受験勉強を再開しました。
とはいえ、自宅で学習していると親の視線が気になるし居づらいので、図書館に篭って開館から閉館まで毎日欠かさず1日12時間ぐらい勉強していました。そうなるとグングン成績は伸びて、5月ごろから始まる各予備校の模試試験は常にA判定でした。得点上位者として名前も載っていました。
ただ、模試の成績が良いから大船に乗った安泰感……はなく、むしろ常に“落ちるのでは?”といった不安が付きまとったので、その分やりこみました。
そして、本番の試験を受けて、模試通り楽勝で合格というと全くそうではなく、ギリギリで合格でした。
しかも社労士試験にはこの点数に達していなければ、全体で合格点であっても不合格、という科目ごとの足切りシステムがあり、1科目だけ基準点を下回ってしまったという。しかし、その年は全体の平均点から特例措置があり、基準点が下がったため合格となりました。超ラッキーでしたね!」
1日12時間にも及ぶ受験勉強を支えた心のバイブル
こうして野崎氏は晴れて社労士としての道を歩みだしたのだが、1日12時間にも及ぶ受験勉強の心の支えは一体何だったのか?合格しなければ無職、彼女との別れなど、かなりの逆境であったことはもちろんだが、実はそこには一冊のバイブルの存在があった。
「昔、大学受験の時に友人から代々木ゼミナールに凄い講師がいる、と勧められて読んだ『だからおまえは落ちるんだ、やれ!―暴走族から予備校講師になったオレの爆言』。
現在は東進ハイスクールの講師である吉野敬介さんの強烈な大学受験の本です。暴走族上がりの不良が彼女に振られたことをきっかけに受験を決意、猛勉強で数ヶ月間に偏差値25から70以上に上がっていく元祖サクセスストーリーなんです。
これを社労士試験の時にもう一度読んで、真似しました。境遇的にも彼女に振られたりと似ている部分が多くて。
例えば眠い時はユンケルのブラックコーヒー割を飲んだり、手の甲を針で刺して眠気を飛ばしたりとか、本に書いてあることは実際にやってましたし、当時はこれを自分の糧として勉強をしていましたね。
全然勉強してこなかった暴走族でも、猛勉強して受かるんだったら、俺だってやればできるだろうって」
実は、この話には後日談があり、野崎氏が社労士として独立した際、著者である吉野氏に御礼を含めて手紙を送ったのだ。
なんと、それを読んだ吉野氏から「是非会いたい」と連絡があり、直接会うこととなった。
「私は吉野先生の予備校の授業を受けたことがなかったので、本当に一方的な手紙だったのです。それを読んだ先生から電話が掛かってきて、メシに誘ってもらって。そこで独立間もない私に色々、教えてもらいました。予備校の教師として吉野先生は異例のルックスですが、受験生にとてつもなく人気がある理由は、他の講師には無い経験と独自の教鞭の手法があるわけです。言ってみれば成り上りなんですね。それを見て私も社労士としての成り上りになってやろうと思ったんです」
この吉野氏の著書は、野崎氏にとって自らの社労士試験に受かるまでの原点であり、生き様を学んだものだと言う。
仕事に対する考え方の軸、
マキアヴェリの『君主論』とは?
実は、野崎氏の原点となっている本がもう一冊存在する。それは、氏が「仕事の考え方を学ぶことができた」と言うニッコロ・マキアヴェリの『君主論』だ。
16世紀に生きたイタリアの外交官で思想家のマキアヴェリは他の思想家と違って、極めてリアリストだった。
政治家の統治の有り方を様々な歴史を振り返りながら、解説するのだが、その節々に統治する立場から見た現実的な、残酷な解決方法が描かれている。
「時は中世。ある国に慈悲深い王様がいるんです。国民にも尊敬されていて、まあ、“いい人”なんです。
その国が、ある時、別の国と戦争をするんです。そして、激しい戦闘の最中、一人の敵の兵士を捕虜にするんです。普通ならば、拷問にかけて、いろいろと情報を引き出して、最後は極刑……というのが定番でしょうけど、王様は慈悲をかけて捕虜を解放します。その捕虜は帰国すると、城の特徴とか、軍隊の編成とか古代の戦争には重要な情報を全部、軍部に伝えて再び戦争を仕掛け、慈悲深い王の国は負けてしまうのです。要は“良い人が良い君主とは限らない”という話です」
道徳観も大事だが、人に関する問題はキレイごとだけで対応するのではなく、ときには現実問題と道徳とを切り離して冷酷に対応しなければならないこともある。
そのような考え方を自らの軸として仕事に臨んでいるという。
「だから、顧問先に対しても、『(明らかに問題のある社員は)辞めさせたほうがいい』と厳しく言います。会社の方針に従えず、価値観も共有できないなら、別の場所で働いてもらった方がお互いのためだと思うからです。放っておくと周りの社員にも悪影響を及ぼすから早く対処した方がいいんです。“社員は大事にしなきゃいけない”っていう気持ちもわかりますけど、会社としては全体を考えていかなければいけない。
優しい社長は、たとえ勤務態度が悪い社員がいても、その社員の生活を考えると思うんです。ただ、そうなった場合、『なんであいつはあんなサボっているのに会社にいさせるの?』というように、他の社員が会社に対して不信感を抱くことにつながります。社長は社員を辞めさせる決断をしなければいけないときもあるのです」
野崎氏がサラリーマン時代に出会ったこのマキアヴェリの『君主論』は、その後の氏の中で大きな教訓となっているようだ。
「この2冊が僕の原点であり、軸となっています。これは今もブレないですね」
……いかがだろうか。
人は必ず、何かの選択をする。
その選択の際、野崎氏に影響を与えた2冊の本。
同じ本を読んだからといって、どれだけの心に響いたかはその時々の境遇や年齢などに大きく左右される。
が、しかし、やはりそれだけの渇望を与え、現実として一人の人物の人生が創られたことを考えると、本の虫である編集部としては無視できないのだ。
何かの壁に当たっている人、退屈な毎日を感じる人、悩みが解決されない人、病気になっている人、パワーが欲しい人、ぜひとも読んでいただきたい!
『だからおまえは落ちるんだ、やれ! [決定版]』 著者:吉野敬介 価格:857円(税抜) 出版:KKロングセラーズ 出版年月:2009/9 |
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『君主論 新版』(中公文庫) 著者:マキアヴェリ 訳:池田廉 価格:800円(税抜) 出版:中央公論新社 出版年月:2018/2 |
プロフィール
人材開発コンサルタント
グラウンドワーク・パートナーズ株式会社
代表取締役 野崎 大輔(のざき だいすけ)氏
日本労働総合研究所
所長 特定社会保険労務士
〒160-0022 東京都新宿区新宿4-3-17
FORECAST 新宿 SOUTH 5階
TEL:03-6380-6458
1976年生まれ。大学卒業後、就職をせず独学で社会保険労務士試験に挑戦し合格。IT系上場企業の人事部門で問題社員対応やメンタルヘルス対策に従事し、社内の労働問題の解決、激減させた実績を持つ。2008年に社労士事務所を設立し独立。300件以上の労務問題に対応した後、2013年に人材育成の専門会社、グランドワーク・パートナーズの設立に参画。組織風土の変革、人材開発を行っている。
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