ハイブリッド事業体の考え方
- 2020.05.26
- プロパートナーONLINE 編集部

ハイブリッド事業体の意義と所在地国の課税関係
グローバル経済が進む昨今、海外に子会社を作ることも珍しくはなくなりました。海外子会社の設立に関して、日本の税務上大きな問題となる論点の一つに、海外子会社がハイブリッド事業体に該当する場合の課税関係があります。ハイブリッド事業体とは、①海外の法律において法人格を有するものの、②その法人の所在地国の税法では法人ではなく法人の株主に課税が行われる法人をいい、代表例はアメリカのLLC(米国LLC)です。米国LLCは、法人格がありますので取引の主体となりますが、その所得については、米国LLCに課税するのではなく、その株主に対して課税が行われることが原則です。なお、このような課税をパス・スルー課税などと言います。
投資については、受け皿となるビークル(法人、信託、組合などの事業主体)に対して法人税などの税金が課税されるかどうかが問題になりますが、米国LLCなどのハイブリッド事業体であれば、ビークルに課税は原則としてありませんので、この問題をクリアできます。
日本の税務上の問題点 ~パス・スルー課税される所得~
日本の税務上、ハイブリッド事業体が問題になるケースの代表例として、1所得を株主に帰属させる場合の日本の株主の課税関係、2ハイブリッド事業体が損失を計上した場合の日本の株主の課税関係、の二つが挙げられます。先に述べた通り、所在地国においては原則としてパス・スルー課税が行われますが、この課税関係は外国の税法に則って決められています。このため、株主が所在する日本の税法においても、外国と同様の課税関係になるかが問題になります。まず、上記1についてですが、法人税の外国税額控除に関して、以下の条文があります。
法人税法施行令142条の2(外国税額控除の対象とならない外国法人税の額)7項 ~内国法人の法人税に関する法令の規定により法人税が課されないこととなる金額を課税標準として外国法人税に関する法令により課されるものとして政令で定める外国法人税の額は、次に掲げる外国法人税の額とする。 一・二 省略 三 法第二十三条の二第一項に規定する外国子会社(注:95%益金不算入となる、原則として持株割合が25%以上の外国子会社)から受ける同項に規定する剰余金の配当等の額~を課税標準として課される外国法人税の額(当該剰余金の配当等の額の計算の基礎となつた当該外国子会社の所得のうち内国法人に帰せられるものとして計算される金額を課税標準として当該内国法人に対して課される外国法人税の額を含む。)(下線は著者) |
この規定は、国際的二重課税を排除するための外国税額控除について控除対象とならない外国法人税について定めたものです。この規定による外国法人税は、日本の法人税が非課税となる所得に対するものですので、二重課税にならないため外国税額控除の対象外と規定されています。
ここで言う外国法人税の解釈については、以下の通達などがあり、米国LLCなどのハイブリッド事業体の日本の株主に対し、その所在地国でパス・スルー課税される外国法人税を意味していることは明白です。結果として、ハイブリッド事業体を通じてその株主に対しパス・スルー課税される所得については、日本の法人税は課税されないと考えられます。
法人税基本通達16―3―36(内国法人に帰せられるものとして計算される金額を課税標準として当該内国法人に対して課せられる外国法人税の額) 令第142条の2第7項第3号~に規定する外国法人税の額には,その所在地国でいわゆるパス・スルー課税が適用される事業体で、我が国においては外国法人に該当するものの所得のうち、その所在地国において構成員である内国法人に帰せられるものとして計算される金額に対して課される外国法人税の額が含まれる。 |
法人税関係通達総覧 3巻P4275 (注:法人税基本通達16―3―36の外国法人税の額とは)パス・スルー課税が適用される事業体で、法人格があるため我が国では外国法人に該当するものの所得について、その構成員である内国法人に帰せられるものとして計算される金額に対して、配当前に当該内国法人に直接課される外国法人税の額のようなものを指す。 |
日本の税務上の問題点 ~パス・スルー課税される損失~
次に、上記の2についてですが、所在地国の税法上パス・スルー課税される場合、ハイブリッド事業体の損失についても株主本人の損失として取り扱われ、他の所得と通算することができるとされます。このため、日本の税務上も、所在地国と同様、その損失を日本の株主の所得と通算して日本の法人税や所得税の計算ができるかが問題になります。これに関し、以下の判例があります。この判例においては、米国LLCを使って中古建物に係る不動産投資を行い、その中古建物の減価償却費を不動産所得の計算上生じた損失金額として、損益通算を行って所得税の申告を行った個人株主の課税が問題になりました。国税は、米国LLCは法人であり、法人であれば(その所在国であるアメリカは別にして)、日本の税法上は現実に配当がない限り株主に課税はないため、法人の損失についても株主の損失とすることはできないと主張しました。以下の通り国税の主張が全面的に認められています。
さいたま地裁平成19年5月16日判決(Z257-10712) 我が国の租税法上、法人の所得は法人課税の対象となり、その出資者等である個人の課税所得の範囲には含まれない~本件LLCが、我が国の租税法上の法人に該当する場合、本件LLCの所得は、法人課税の対象となり、その構成員である原告個人の課税所得の範囲には含まれない~本件LLCは、NYLLC法上、法人格を有する団体として規定されており、自然人とは異なる人格を認められた上で、実際、自己の名において契約をするなど、原告及び乙からは独立した法的実在として存在していることが認められる~そうすると、本件LLCは、米国ニューヨーク州法上法人格を有する団体であり、我が国の私法上(租税法上)の法人に該当すると解するのが相当~ |
日本の税務上の問題点の核心とあるべき解釈
これらの問題の核心にあるのは、ハイブリッド事業体が日本の「法人」に当たるかどうかです。日本の「法人」に該当すれば、日本においてはハイブリッド事業体に対して課税され、株主については現実に配当を受けない限り、課税問題が生じることはありません。ハイブリッド事業体が日本の「法人」に該当するかどうかについては、以下の通り、①日本の「法人」に相当する法的地位があるか(いわゆる、法人格があるか)、そして①で判断ができない場合には、②権利義務の主体になるか(法律行為の当事者になれるか)、の2点で判断するとされた事例があります。
最高裁平成27年7月17日判決(Z265-12700) 外国法に基づいて設立された組織体が~外国法人に該当するか否かを判断するに当たっては、まず、より客観的かつ一義的な判定が可能である後者の観点として、①当該組織体に係る設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討することとなり、これができない場合には、次に、当該組織体の属性に係る前者の観点として、②当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべきものであり、具体的には、当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討することとなるものと解される(下線は著者) |
ただし、日本の法人税においては、納税義務者の判断については、法人格があるかどうかだけで判断するのが通例です。例えば、社長一人の個人事業と実態は変わらない会社も日本にはたくさんありますが、このような会社についても法人として法人税の対象とし、個人事業として所得税を課税するという仕組みにはなっていません。
結果として、ハイブリッド事業体が法人格を有するかどうか、それだけで判断するのが最もスマートで日本の法人税法の趣旨に合った取扱いと考えます。
立法上の問題点
ところで、外国法人の課税関係に関しては、日本の法人税法に従って課税されることから、以下の通り、日本の法律に即して事実関係を法律に当てはめる必要があると考えられます。小林 淳子「国外取引に対する租税法の適用と外国法人の分割に関する諸問題」(税大論叢45号) (https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/45/kobayashi/hajimeni.htm) 内国法人の分割の場合には、株主は、株式のみの交付を受けたものであれば株式の譲渡損益に関する特例の適用があるが、外国法人の分割の場合には、特例の適用があるか否かの判断の前に、外国法人の行った分割がわが国の租税法上の分割に該当するか否かの判断をしなければならない(下線は著者) |
このため、例えば日本の法人税法上、米国LLCと同じような、法人格はあるものの、株主に対して課税が行われる法人に関する規定があれていれば、その法人の課税関係に照らして課税関係を考えることができます。しかし、このような法人が日本の法人税においては存在しませんので、ハイブリッド事業体については、課税関係が不明確になります。つまり、米国LLCのようなハイブリッド事業体が日本の法人税において存在しないことが一番の問題なのです。
なお、平成17年に成立した会社法で認められた合同会社については、米国LLCのような課税関係が創設されると期待されていました。しかし、合同会社に関しては株式会社と異なるところはなく、期待外れに終わったことは周知の通りです。
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