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  • ママ司法書士の独立開業~10年間体当たり!

    今年で司法書士事務所を独立開業してから10年目に突入します。本当に、無我夢中の日々で、あっという間にこの年月が経ちました。私は、資格取得後すぐに開業した、いわゆる『即独』でほとんど実務経験もないまま、依頼の入るあてもないまま「えいっ!」と勢いだけで開業しました。今振り返ると何も知らないって恐ろしい、と自分の無謀さに引いてしまいます。当然ですが、開業後しばらくは全く仕事の依頼が無く、「とりあえず仕事っぽいことを何かしなければ!」と落ち着かない気持ちで、まずは開業挨拶のチラシを作り、周辺の不動産会社や他士業の事務所に飛び込み営業に回りました。飛び込む気合だけは持ち合わせていたのですが、9割以上の確率で冷たくあしらわれ、せっかく話を聞いてもらえる1割のチャンスが巡ってきても、『商品』という形のあるアピール材料が無い仕事なので、会話が続かないことがほとんどでした。しかも実務経験がないので、「どの分野が得意なの?」といわれても、返す言葉もなく「明日はもっと話せる、時間がもつようなネタを考えよう」と依頼獲得以前の課題満載の日々で「早くも廃業?」という弱気な気持ちがかすかに脳裏をよぎりました。 子育て×パート勤めの生活からたどり着いた『自営業』そんな状態にも関わらず開業したのは、そもそも司法書士という資格を取ろうと思ったきっかけが、気兼ねなく家族の予定に合わせられる仕事につきたい、雇われるのではなくて自営業を始めたい、ということが一番の目的だったからです。(楽観的な、安易な考えでお恥ずかしいのですが……)当時はパート勤めをしていたのですが、子供が熱を出したりすると、早退して保育園に迎えに行かなければならなかったり、風邪が長引けば暫くお休みをもらうことになったりと毎回、自分の都合で職場に迷惑をかけてしまうことを心苦しく思っていました。「数々の面接で断られ、やっと採用してもらえたのに、ここを辞めたら次の仕事は見つかるかしら?」「万が一、主人にもしものことがあったとき、子供たちを食べさせて行けるのかしら?」自力でできる仕事は何かと思ったとき「自営業!」という答えが頭に浮かびました。 高卒でも司法書士資格を取得することが可能そう考えたものの、自分で商売を始められる術は持ち合わせていませんでした。そんな時、たまたま目に留まった、資格予備校の広告「資格を取って開業しよう!」のフレーズがぴったりと自分の腑に落ちて、「なるほど!一番確実な方法!」と独立開業ができる資格を取ることを決意したのです。その後しっかりと調べていくと、士業の職の中には高卒の私では受験資格さえも満たせないものもありました。探し回った結果、受験資格という点ではクリアでき、しかも「安定した仕事」というコメント付きの司法書士の職に出会い、資格を取ることを目標に受験勉強をスタートしたのです。 子育て×司法試験勉強の日々そのころ、長男は小学生、長女は保育園に通っていて、私はその間パートに出ていました。平日は朝4時に起きて家族が起き出すまでは勉強、土日は時間の許される限り試験勉強をしました。勝手に始めた受験のために、家計から資格予備校の高額な学費を払うことはできないので、司法書士試験の過去問集や参考書を買って独学で勉強しました。初めは参考書に出てくる法律用語が分からず、「これ日本語なの?」というようなレベルでした。やがて勉強すればするほど、合格できるとはまったく思えなくなり、自分には無理かも……と諦めかけたこともありました。そんな時、「母ちゃん、いつも諦めなければ何でも叶うって言ってるよね?なのに自分が諦めるんだ?」という息子の一言で、「とにかく合格するまでは止められない!」と覚悟が決まり、ただがむしゃらに勉強を続けました。合格発表で自分の受験番号を見つけたときは、信じられなくて、夢なんじゃないか、何かの間違いではないかと半信半疑ながらも、受験勉強から解放される嬉しさで震えましたが、そんな嬉しさも束の間。合格後、数カ月間は司法書士会が開催する新人研修がびっしりと待ち構えていました。研修を受けていく中で、徐々に司法書士の仕事についてイメージが湧き『成年後見』など登記以外の分野の仕事があるということも初めて知った業界ど素人でしたが、「合格してからが本当のスタート」という意味が後々、徐々に身に沁みました。 合格すれど、ママに立ちはだかる就活の壁新人研修を受けつつ、実務経験を積むために幾つか事務所に履歴書を送りましたが、就活の壁は予想以上に厚かったのです。実務経験無しの戦力外の分際ではあるものの、「子供が学校にいる時間帯にパートで勤務したい」、「残業できない」という母親ならではの希望で、ことごとく断られ続けました。ようやくパートで雇ってもらえる事務所でお世話になることが決まったものの、パソコンが満足に使えずその都度と操作を教えてもらい、入力するにも他の人の何倍も時間がかかってしまいます。事務所に着いて、毎朝パソコンの電源を入れることすら恐怖を感じるような、申し訳ない新人でしたが、少しずつ登記申請書を作るソフトに情報を入力する役割までたどり着きました。入力が終わるとプリントして、一言一句間違いがないか、書類の一文字一文字を鉛筆でチェックを入れて確認する作業をし、そのあと更に先輩職員さんがチェックをした書類が戻ってくるのですが、戻ってきた書類はミス指摘の付箋だらけで、「司法書士って、、大変、、」と思い知る毎日でした。そんな、へなちょこにも関わらず、「早くいろんな業務を経験して一人前になりたい、自分で開業することが目的で資格を取ったのに、このまま開業できる自信がつくまであと何年かかるんだろう」と焦りを感じ始め、「やればなんとかなるだろう!」という根拠のない自信で、勤務期間わずか数か月で独立を決意してしまったのです! 目標であった「自営業」の世界へ飛び込むタイミングよく、自宅から自転車で通える距離に新規オープンのレンタルオフィスを見つけました。一番安くて一番小さな個室を申し込み、独立を決めてからは悩む間もないスピードスタートでした。その最初のオフィスは偶然、弁護士・税理士・社労士などの他士業のテナントが多く、ランチ会など企画したりして繋がれた当時のご縁は現在の事務所に移転してからも続いています。 いざ実践へ~見習いの時期開業したばかりのころは仕事の依頼がないので、少しでも経験を積める機会を求めて無料法律相談会に積極的に参加しました。実務経験の基準に満たないため、相談員として入ることができないときは、ベテランの先生にお願いして相席で隣に座らせてもらい、相談の受け方を勉強させてもらいました。実践では受験勉強で学んだ知識の範囲では全く太刀打ちできず、「税金はどうなんだろう?」「許認可は取れるのか?」など受験科目には無かった分野の知識も身につけなければ対応できないことがわかってきます。そうして1つの相談事案に対し、さまざまな方向から検討すること、ベストな答えは当事者ごとに個々に違うことを学んでいきました。 巡り合った仲間のサポートで乗り越える日々司法書士を名乗るからには、「新人だから」という言い訳は絶対に通用しないという責任の重さを感じ、資格を持って開業すれば何とかなるだろうと思っていた甘い考えはすぐに吹き飛びました。現実の仕事は、参考書には書いていないことばかりです。実務経験が豊富な同期合格の仲間や、先輩司法書士に教えてもらいながら今日までどうにか乗り越えてきましたが、『知識が財産』の世界で、惜しげもなくノウハウを伝授してくれた人達の存在が無ければ、即ぺっちゃんこに潰れていただろうと思います。 ママとして走り続けていく開業当初「開業して3年続けられれば何とかなる!3年頑張れ!」と励まして頂いたことがあります。その時は翌週仕事があるのかも分からないような時期で「3年後の自分」の想像もつかなかったのですが、その言葉通りに、3年目を過ぎると徐々に今までのお客様からの紹介の依頼が頂けるようになり、気付けば10年目を迎えることが出来ました。今では子供たちも大きくなり、長男は社会人、娘は私よりも友達と過ごす時間が楽しい年頃になりました。振り返ると、「家族の予定に合わせられる仕事の仕方をしよう」という動機で開業したものの、家族が私を支えてくれたから今に辿り着けた年月です。恩返しができる日を目標に、まだまだ母ちゃん、走り続けます!  2018.07.17
  • アディーレの弁護士たち 楽器が好き!杉田浩之弁護士

    日本最大級の規模を誇る“弁護士法人アディーレ法律事務所”に所属する弁護士の半生を、リアルに紹介する特別企画が今回よりスタート!記念すべき第1回目にご紹介するのは、杉田浩之弁護士(すぎたひろゆき)です。老舗楽器店の子息として生まれ、学生時代に司法試験に挑戦するも、突然の父の脳梗塞から受験を断念。しかし、10年のブランクを経て、再挑戦し弁護士の道を勝ち取るまでのヒストリーをお伝えします。 実家の父が倒れ司法試験断念!稼業を継ぐ傍ら、諦めきれない弁護士の夢「私には、ハイドンの交響曲がぴったりとハマったんです」二度目の司法試験へ挑戦中、朝、起床と共にクラシックを聴くことが杉田氏の習慣となっていた。実家が埼玉県の老舗楽器屋で、一時は稼業を継いだ時期もあり音楽への造詣が深い。後に弁護士となり、現在はアディーレ法律事務所に在籍し活躍しているのだが、この時は己のマインドをクラシック音楽により整えていたのだ。この独自の勉強法は後半に詳しく説明するが、杉田氏には一度、司法試験を断念した過去がある。今回はそんな杉田氏の受験記をお伝えしたい。時代はITバブル前夜の1995年。東京・早稲田大学のキャンパスに杉田氏はいた。当時、法学部の4年生で旧司法試験突破を目指し猛勉強中であり、その甲斐もあって択一試験を合格。論文試験では落ちたものの、最難関といわれる司法試験だけに1度目の挑戦で択一試験突破は大金星。十二分の自信をつけて翌年の試験に備え、果敢に挑戦すべく、日々六法と格闘を続けていた。しかし、そんな杉田氏に逆境が訪れる。卒業を間近にに控えた4年生の秋、実家の父親が脳梗塞で倒れたのだ。幸い一命を取り留め、ある程度回復はしたものの、後遺症で一部の記憶がなくなるなど生活上に諸問題を抱えることとなった。父親は自営業で楽器店を営んでいたのだが、こんな状態で取引先へ一人で出向かせるわけにはいかず、杉田氏は兄と共に稼業の楽器店を継ぐことになる。本心は卒業後も司法試験の突破を目指して勉強に専念したいと考えていたが、規模はいわゆる“町の楽器屋”で、経営者といえど店頭の接客から楽器の搬入のため車両の運転など、兄と二人で店の大半を切り盛りしなければならなかった。最初は経営者と受験をうまくこなして……と、数年間、二足のわらじで頑張ってみたが、そもそも旧司法試験は合格率1%前後の最難関試験。次第に受験勉強から遠のいていった……。 さて、その後、杉田氏はあることをきっかけに再び学習を始めるのだが、その前に、そもそも弁護士を志した理由をご紹介したい。 “仕事”は生涯現役を貫きたい!「もともと私自身は理系寄りの人間で、高校時代は科学部の部長を務めながらで動くリニアモーターカーの模型を製作したり、液体窒素を使った超電導の実験などをしていました。なので、充当にいけばエンジニアといった類の仕事についていたかもしれませんが、知人からシステムエンジニアは高齢になるまで現場で仕事ができない、という話を聞きました。それは企業の仕組み上、管理職になってしまうからという意味ですが、私は父が自営業だった影響もあってか、生涯、最前線の現場で仕事をしていたいと考えていました。そんなとき、法律職というのは、太古の昔から国の統治には欠かせないもので、多少形が変わるかもしれませんが、生涯現役で仕事ができるのでは?と思い、また“困っている人を助ける”という要素も仕事としての大きな魅力を感じました。さらに司法試験が難しいことも逆に“やってやろう!”という気持ちになりました。」一方、杉田氏は実家が楽器屋。物心ついた頃から楽器に囲まれた生活を送っていたのだから、ミュージシャンや演奏者に対しての憧れはなかったのか?杉田氏から、非常にシビアな考えが返ってきた。 2018.04.05
  • 【華麗なる転身Vol.2】どん底から這い上がり、駆け抜けて、そして見つけた デュアルキャリア!〜プロ野球選手から公認会計士へ〜

    全くの別業界から士業業界へ、大胆にして華麗なる転身を遂げた成功者たちを追う本企画。記念すべき第2回目は公認会計士・奥村武博氏。彼の、壮大な駆け足の軌跡を追う!  俺は、メロンの種を取るためにカーブやスライダーを投げてきたんじゃない!「元々、人の集まる場所、にぎやかな場所が好きだったこともあり、プロ野球界を引退した後、友人と二人でBarを始めたんです」そう語るのは公認会計士の奥村武博氏。彼も、引退したスポーツ選手の多くが進む飲食業界に、一旦は足を踏み入れたのだ。「よく野球選手が引退後に飲食業界に進む話を聞くと思うんですが、私の先輩にも飲食業界に行った方がたくさんいます。そもそも野球選手って、飲食業界の方と出会う確率はとても高いんです。逆に、一般の方とふれあう機会って、ほとんどないんですよね。だから自然と飲食業界に流れる方が多いのかもしれません。今になって振り返ってみると、ある意味、狭い選択肢の中から選んだ。当時のわたしには、そこしか選択肢がなかったんですよね」小さい頃から野球漬けの毎日だった奥村氏。新しく踏み込んだ、慣れない飲食業界は、氏にとって非常に過酷な世界だったようだ。「お客さんとしてお酒を飲みにいくBarと、カウンターを隔てたその向こう側は、全くの別世界でした。高校在学中は実家にいて、プロになってからは寮に入っていたので、わたしには“光熱費を払う”という感覚すらなかったんです。そんな人間がBarを始めたところで、もちろん仕入れと売上の感覚もなく……今まで、野球以外のことに関して自分がいかに無知だったかを、まざまざと突きつけられました。自分の無力さを突きつけられ、心身ともに疲弊していく中で、『本当にこのままでいいのか?自分の選んだ道は、本当に正しかったのか?』と、将来に対する不安が募るばかりで、10円ハゲができるほどのストレスを抱えていました」。順調なBar経営とは裏腹に積もっていく不安。一体、何が氏をここまで追い詰めていたのか……「その後、Barをやめホテルの調理場に行きました。この調理場には、初めて履歴書を書いてアルバイトとして入ったんですが、履歴書上は“高卒”なんですね。今までやってきた野球の肩書きをとった時の自分の価値というものを、残酷なまでに露骨に突きつけられました。毎日毎日、朝から晩まで延々と椎茸のジクを取り続け、パカッと割ったメロンのタネをシュッとほじくり出す……こんなことのためにカーブとスライダーの練習をしてきたんじゃない!と叫びたくなるくらい、わたしの手首のスナップは活きていました」。ずっと、このままでいいのか?という葛藤が膨らんで行く中、奇しくもタイガースが優勝。そして当時の氏の同期、井川慶選手の大活躍。ひたすら種を取り続ける自分が嫌になり、野球の情報が耳に入るのも嫌なくらい野球が嫌いになりかけたという。 2018.02.08
  • 【華麗なる転身:Vol.1】人生を賭け大勝負に挑戦した男のヒストリー~プロ野球選手から司法書士へ~

     プロ野球ドラフト1位で入団するもまさかの引退!しかし、男は人生の勝ち星を求めて97%が落ちる過酷な試験に身を投じた人は誰もが苦難を経験する。そのタイミングは人によって異なるが、一度も波風が立たないまま平穏にゴールする人生などありえない。しかし、その後の舵取りは人によって大きく異なる。本企画はもともと全く別の業界に身を置きながら、士業へと大胆にして華麗なる転身を遂げた成功者たちのその半生を紹介します。その、記念すべき第一回目の主役は司法書士・桧山泰浩氏。 引退後に知識ゼロからスタートした“司法書士”への道桧山氏は1992年、韓国プロ野球のマウンドを最後にユニフォームを脱ぐ。そのとき齢25歳。ドラフト1位で近鉄バファローズ(現・オリックスバファローズ)に入団、活躍を期待されたもの、ただ一度も公式試合のマウンドに立つことはなく、新天地・韓国では腕を痛め結果は出せずに引退となった。桧山氏はやがて第二の人生を歩み始めるが、その向かった先は野球とは一切関係の無い士業の世界であった。高卒でプロ野球入りしたため、法律の知識は皆無で完全にゼロからのスタートだった。縁あって司法書士事務所の事務員として勤務をはじめると、日中は仕事、夜は机の天板が圧し折れる程、集中して六法をめくりにめくった!しかし、なぜ司法書士だったのだろうか。司法書士試験は、法律職の中でも合格率はたった3%、旧司法試験に次ぐ難関だ。 2017.12.13
  • これからの税理士に絶対必要な3つのスキル

    “税理士の仕事”を定義づけると、定期的に顧問先を訪れ税務についての処理をする“(顧客にとっての)税務の外注先”というのが一般的かもしれません。しかし、ここ数十年で税理士に求められる役割に大きな変化が生じてきました。雇用・解雇や世代交代といった人事面、経営に伴うコストカットなど、コンサルタントとしての役割が求められているのです。司法制度改革などもあって、税理士業界に参入してくる弁護士資格者も増えており、独占業務である税務のみでは、“選ばれる事務所”になるのは難しいでしょう。そこで本日はコンサルタントとして絶対に欠かせない3つのスキルを説明しましょう。スキル1:企業規模にあわせた提案ができるもし、仮にあなたが顧問先の税理士だったとします。定期的に経営者とは顔を合わせていると思いますが、税務の話とおまけ程度の雑談ばかりしていませんか?どんなワンマン経営者でも、実はいろいろな税務以外の提案を受けたがっているというケースは多いのです。ただし、ここで気を付けたいのがそれぞれの企業の規模に応じた提案をするということ。たとえば【上場企業の場合】●解雇やリストラといった人事相談古くからある大企業などは終身雇用時代の名残が強く、今でも解雇は“悪質”といった考えが残っています。労働法においても、解雇の要件が日本は諸外国より厳格なため、慎重に行わなければなりません。場合によっては社労士や弁護士など他士業とのネットワークを駆使して、円満に解決する道を模索しましょう。●ストックオプション制度の導入ストックオプションとは、あらかじめ定められた価格で自社株を買う権利です。労働士気を向上させるため“自社の従業員や役員にこれを与える”というケースもあります。上場を目指す企業であれば高額な報酬を従業員に支払いことが難しい場合も、この制度を活用して優秀な人材を集めることが可能です。制度を導入する際に専門的な知識が必要になるため、経営者のみでは対応できず、税理士の支援が必要になるでしょう。【中小企業・ベンチャー企業の場合】●経営者の個人資産の管理経営者の中には世襲した方や、次の代に引き継ぎたいと考えている方が大勢います。そうした方々の個人資産の節税や運用に関しても、アドバイスを受けたいのが本音です。税金対策だけでなく、より資産を増やすための提案をするのがポイントです。●コストカット小規模企業は大企業に比べて一般業務に関する無駄や税制面のコストカットが手つかずになっているケースがあります。ちょっとした提案でも喜ばれるはずです。スキル2 :融資に強い中小およびベンチャー企業は資金面において不安な要素を抱えています。そこで税理士は銀行以外にも、ベンチャーキャピタルなど、第二、第三の資金調達先をキープし、取得のためのアピールを率先して提案するべきでしょう。近年は銀行対策や融資の相談に強い税理士も増えましたが、まだまだ少数です。融資の際は税理士が作成する決算書が必須ですから、本来、税理士こそ銀行対策・融資相談という業務に最も向いているはずです。スキル3:コニュニケーションが円滑税理士と経営者の信頼関係が構築されていないと、顧客から正確な情報がもらえません。また、顧客から資料を用意してもらう機会がありますが、顧客は税務・経理の情報の専門家ではないため、内容の確認などフォローすることは必須です。こうした作業は円滑なコミュニケーションスキルが前提となります。しかし、このスキルは税理士の“営業”にも直結しており非常に大切です。新規顧客獲得の最も一般的なのは“紹介”によるものであり、これは信頼関係あってのものです。コミュニケーションスキルは量をこなすことで徐々に向上します。苦手意識があっても臆さず積極的に取り組みましょう。意識することで少しずつ能力が向上していきます。いかがでしたでしょうか。今回紹介した“3つのスキル”は依頼人の視点に立って考えた場合、重要な選択ポイントとなってきます。“選ばれる税理士”になるため、日々、スキルアップの努力を重ねましょう。  2017.11.29