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  • 【華麗なる転身Vol.2】どん底から這い上がり、駆け抜けて、そして見つけた デュアルキャリア!〜プロ野球選手から公認会計士へ〜

    全くの別業界から士業業界へ、大胆にして華麗なる転身を遂げた成功者たちを追う本企画。記念すべき第2回目は公認会計士・奥村武博氏。彼の、壮大な駆け足の軌跡を追う!  俺は、メロンの種を取るためにカーブやスライダーを投げてきたんじゃない!「元々、人の集まる場所、にぎやかな場所が好きだったこともあり、プロ野球界を引退した後、友人と二人でBarを始めたんです」そう語るのは公認会計士の奥村武博氏。彼も、引退したスポーツ選手の多くが進む飲食業界に、一旦は足を踏み入れたのだ。「よく野球選手が引退後に飲食業界に進む話を聞くと思うんですが、私の先輩にも飲食業界に行った方がたくさんいます。そもそも野球選手って、飲食業界の方と出会う確率はとても高いんです。逆に、一般の方とふれあう機会って、ほとんどないんですよね。だから自然と飲食業界に流れる方が多いのかもしれません。今になって振り返ってみると、ある意味、狭い選択肢の中から選んだ。当時のわたしには、そこしか選択肢がなかったんですよね」小さい頃から野球漬けの毎日だった奥村氏。新しく踏み込んだ、慣れない飲食業界は、氏にとって非常に過酷な世界だったようだ。「お客さんとしてお酒を飲みにいくBarと、カウンターを隔てたその向こう側は、全くの別世界でした。高校在学中は実家にいて、プロになってからは寮に入っていたので、わたしには“光熱費を払う”という感覚すらなかったんです。そんな人間がBarを始めたところで、もちろん仕入れと売上の感覚もなく……今まで、野球以外のことに関して自分がいかに無知だったかを、まざまざと突きつけられました。自分の無力さを突きつけられ、心身ともに疲弊していく中で、『本当にこのままでいいのか?自分の選んだ道は、本当に正しかったのか?』と、将来に対する不安が募るばかりで、10円ハゲができるほどのストレスを抱えていました」。順調なBar経営とは裏腹に積もっていく不安。一体、何が氏をここまで追い詰めていたのか……「その後、Barをやめホテルの調理場に行きました。この調理場には、初めて履歴書を書いてアルバイトとして入ったんですが、履歴書上は“高卒”なんですね。今までやってきた野球の肩書きをとった時の自分の価値というものを、残酷なまでに露骨に突きつけられました。毎日毎日、朝から晩まで延々と椎茸のジクを取り続け、パカッと割ったメロンのタネをシュッとほじくり出す……こんなことのためにカーブとスライダーの練習をしてきたんじゃない!と叫びたくなるくらい、わたしの手首のスナップは活きていました」。ずっと、このままでいいのか?という葛藤が膨らんで行く中、奇しくもタイガースが優勝。そして当時の氏の同期、井川慶選手の大活躍。ひたすら種を取り続ける自分が嫌になり、野球の情報が耳に入るのも嫌なくらい野球が嫌いになりかけたという。 2018.02.08
  • 【華麗なる転身:Vol.1】人生を賭け大勝負に挑戦した男のヒストリー~プロ野球選手から司法書士へ~

     プロ野球ドラフト1位で入団するもまさかの引退!しかし、男は人生の勝ち星を求めて97%が落ちる過酷な試験に身を投じた人は誰もが苦難を経験する。そのタイミングは人によって異なるが、一度も波風が立たないまま平穏にゴールする人生などありえない。しかし、その後の舵取りは人によって大きく異なる。本企画はもともと全く別の業界に身を置きながら、士業へと大胆にして華麗なる転身を遂げた成功者たちのその半生を紹介します。その、記念すべき第一回目の主役は司法書士・桧山泰浩氏。 引退後に知識ゼロからスタートした“司法書士”への道桧山氏は1992年、韓国プロ野球のマウンドを最後にユニフォームを脱ぐ。そのとき齢25歳。ドラフト1位で近鉄バファローズ(現・オリックスバファローズ)に入団、活躍を期待されたもの、ただ一度も公式試合のマウンドに立つことはなく、新天地・韓国では腕を痛め結果は出せずに引退となった。桧山氏はやがて第二の人生を歩み始めるが、その向かった先は野球とは一切関係の無い士業の世界であった。高卒でプロ野球入りしたため、法律の知識は皆無で完全にゼロからのスタートだった。縁あって司法書士事務所の事務員として勤務をはじめると、日中は仕事、夜は机の天板が圧し折れる程、集中して六法をめくりにめくった!しかし、なぜ司法書士だったのだろうか。司法書士試験は、法律職の中でも合格率はたった3%、旧司法試験に次ぐ難関だ。 2017.12.13