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  • 〝かわいい〞を入り口に 地方と女の子をつなぐ

    〝地方×かわいい〞を切り口に、商品のプロデュースから販路拡大までを手がける株式会社ハピキラFACTORY。代表の正能茉優氏は、正社員と社長を両立する働き方でも注目を集めています。なぜ地方創生に取り組み、なぜ二足のわらじを履くのでしょうか?その考えからは、新たな価値観が見えてきます。 箱物をつくっても地方に人は来ないハピキラFACTORYは、私が慶應義塾大学3年のときに設立しました。都会の女の子が地方に興味を持つ入り口になるよう、地方の魅力的なものをかわいく変身させて販売しています。もともと地方創生に興味があったわけではありません。始まりは、大学1年のときに教授の紹介で参加した長野県小布施町の『まちづくりインターンシップ』。このインターンシップでは、「若い人にもっと来てもらうためにはどうするか?」といった課題を地元の人たちと一緒に考えるのですが、出てくる案が「国道をどうするか」とか、「箱物をつくろう」とか、ハード面ばかりで全然面白くない(笑)。「公民館をつくっても人は来ないのに」と疑問だったんです。そこで企画したのが、『小布施若者会議』。35歳以下の若者が集まって、観光や環境、教育などの新しいモデルを立ち上げ、実践するコミュニティです。この企画は今年で6回目を迎え、今では全国9都市で展開するなど〝地域×若者〞のイベントとしては成功していると思います。でも、最初は女の子の参加者が2割くらいと少なくて。「女の子が地方に興味を持つためには、どうしたらいいだろう?」と考えて、〝かわいい〞を切り口に地方の名産品を紹介する会社をつくろうと決めました。 ものが売れるかどうかは販路で決まる最初に手がけた商品は、『かのこっくり』。私は小布施堂の『栗鹿ノ子』が大好きなのですが、パッケージが女の子向けではなくて、「友達にあげるのはちょっと……」と感じていたんです。そこで、中身はそのままで、ハート型のかわいいパッケージに変えました。当時はものづくりをまったく知らず、ただ一つだけわかっていたのは、「みんなに知ってもらわなければいけない」ということ。だから、雑誌やテレビのバレンタイン特集に入れてもらうため、商品より先に「〝慶應生がつくるバレンタイン〞で紹介してもらえませんか?」と売り込んでいました。すると、商品もないのに女性誌の取材が決まってしまって。チャンスを逃すわけにいかないと、紙や文房具を買ってきて、自分たちでパッケージをつくりました。なんとか商品化した『かのこっくり』は、渋谷のパルコで2000個を完売。すると、それまで「本当に売れるのか?」と心配顔だったメーカーの人たちが認めてくれたんです。「結果を出せば認めてもらえる」とわかったので、〝商品をつくるだけではなく、売り切る会社にしよう〞と決めました。ところが、渋谷では2000個売れたのに、長野の駅前の百貨店では5個も売れない……。この経験から、〝ものが売れるかどうかは販路で決まる〞と知りました。かわいいものなら、渋谷や表参道にいくらでもあります。地方にこだわるのは、100年の歴史があるとか、一子相伝の技術とか、ストーリーがあるからです。でも、売り方を知らない人が多い。新しいターゲットは欲しいけれど、どうしたらいいかわからない。だから私たちは、〝つくる・広める・売る〞をセットに、デザインからプロモーション、販路獲得までを手がけることにこだわっています。最近は、〝仕組みづくり〞にも興味があります。例えば、リンゴ農家さんと買い手を結びつけるCtoCのプラットフォームとか。これなら、作付面積が小さくて量で勝負できない農家さんもマーケットを広げることができます。 つくる・広める・売るをセットに地方の名産品を〝女子目線〟でプロデュース多くの問い合わせの中からプロデュースする商品を選ぶ決め手は、ストーリーがあるかどうか。「私はこれを〝ストーリージェニック〟と呼んでいます。〝インスタ映え〟と同じで、買い手が惹かれるストーリーがあることが重要です」(正能氏)▮かのこっくり(長野県小布施町)ハピキラFACTORYが最初に手がけた商品。小布施町の銘菓『栗鹿ノ子』(小布施堂)のパッケージを、バレンタインに合わせてハート型に。渋谷パルコで2000個を完売した。▮とろパンナ(北海道天塩町)天塩産の食材に光を当てようと始まった『天塩國眠れる食資源活用プロジェクト』の一環で、宇野牧場と開発した〝飲むパンナコッタ〟。正能氏は、同町の政策アドバイザーも務める。▮JAPANOMOTENASHICOLLECTION「地元の人だけが知っている秘密のおいしいモノ」をテーマに菓子を発掘し、詰め合わせたギフトボックス。2020年の東京オリンピックに向けて開発し、47都道府県展開を目指している。▮My農家BOX見た目は多少不格好でも、〝本当に食べ頃〟の果物が農家から届くフルーツBOX。農家が量ではなく質で勝負できるよう、消費者と農家をつなぐプラットフォームを立ち上げた。  オンリーワンを目指し〝〇〇なのに社長〞を選択〝ミレニアル世代〞と呼ばれる私たちの世代は、仕事も友達も家族も恋人も趣味も、全部バランスよく大事にしたいんです。そう考えるきっかけは2つあって、1つ目はリーマンショック。仕事を120%で頑張っても、世の中に切り捨てられることがあると知りました。2つ目は東日本大震災。「いつか友達とゆっくり過ごしたい」の〝いつか〞は来ないかもしれない。だから、現在進行形でいろいろなことを楽しみたい。 2018.05.07
  • 起業家へのアンケートから見る”経営経験者による開業”の実態

     『ポートフォリオ起業家』予備軍は約4割今までに別の会社を経営したことがない起業家(=『未経験起業家』)の約4割が、新規事業を手掛けるための別会社を設立したいと思っています(図2)。さらにその中の約9割が『ポートフォリオ起業家』を志望しています(図3)。今の事業を継続しつつ、新たに会社を起こしたいと考えている起業家が約4割いるということです。ポートフォリオ起業家の具体例として、会計事務所を経営しながら記帳代行に特化した会社を設立するケースがあります。すなわち、一般企業だけでなく士業業界にも、事務所を経営しながら別の業態で会社を立ち上げるポートフォリオ起業家は一定数いるということです。 2018.02.01
  • 【若手所長の開業日記】学生社長時代に切望したサポートを自らしたいと税理士で「リベンジ起業」

    大澤憲明氏(税理士)は、名古屋大学大学院入学と同時に、農業に関するベンチャー企業を設立し、代表取締役に就任しました。自給自足で農産物を作り、市場等に販路を築きました。「税務・会計の知識もなく、営業の仕方も経営方針の立て方も分からなかったです」(大澤氏)会社経営が漂流するなか相談できる人も存在せず、大澤氏は2005年10月に社長を辞任し、会社を去ることに。進路を決める際「経営の意思決定のときに、隣でサポートしてくれる人がいたら、どんなに心強かったことだろう。当時欲しかったサポートを、今度は自分が、悩んでいる経営者にできるのでは」と考え、税理士としての「リベンジ起業」を決断しました。2006年1月、専門学校にて資格取得のための勉強を始め、2009年9月には会計事務所に就職。実務経験を積みながら、知識とノウハウを学びました。2013年3月に名古屋市立大学大学院を修了し、税理士資格を取得。同年11月に独立開業を果たしました。学生時代の起業から、ちょうど10年で「リベンジ起業」を実現したのです。 事務所のキャッチフレーズは「一歩前へ」現在は紹介をベースに、交流会で知り合ったネットワークを駆使するなどして、着実に新規顧客を獲得。今後は飲食業特化に注力していきたい構えです。事務所のキャッチフレーズは「一歩前へ」。経営に悩む経営者が一歩前へ進めるよう、大澤氏は全力でサポートにあたっています。 プロフィール大澤 憲明氏 1979年愛知県名古屋市生まれ2003年名古屋大学教育学部卒業2003年名古屋大学大学院入学と同時にベンチャー企業設立2005年名古屋大学大学院修了2013年3月名古屋市立大学大学院経済学研究科修了2013年11月税理士登録。独立起業大澤会計事務所(愛知県名古屋市)2013年11月開業。自らの起業経験を活かし、開業・法人設立支援に強みを発揮する。 2017.10.30
  • 開業1年で100件の新規顧客を獲得! 「営業」「実務」の役割分担を明確化

    平成26年に実施した「第6回税理士実態調査」によると、20代の税理士はわずか0.6%。さらに20代の税理士2人で立ち上げた税理士法人となると、数えるほどしかないでしょう。税理士法人小山・ミカタパートナーズは2015年4月に当時20代の税理士2人によって設立されました。開業から1年で約100件の新規顧客を獲得。代表社員の小山晃弘氏と岡本信吾氏に、拡大の軌跡と今後の展望についてお話をお伺いしてました。 互いの強みを伸ばすために税理士法人化─お2人はともに公認会計士ですが、独立されたきっかけは?小山晃弘氏(以下小山氏)私は学生のころ、経営者になってビジネスをしたいと思っていました。公認会計士は上場企業の監査を行うので、どうすれば事業が成功するのか、失敗するのかがわかります。ビジネス成功のノウハウについて10年ほど学んでから事業を立ち上げようと思い、公認会計士になりました。ところが公認会計士の仕事はルーチンな業務が多く、とても10年も待てないと思い、独立することにしました(苦笑)。岡本信吾氏(以下岡本氏)私はもともと独立志向がありませんでしたが、監査法人という組織で働くことに違和感を覚えるようになりました。公認会計士の顧客にあたる、大企業の部長クラスの方々は、変化を嫌い、ルーチンが大好きです。小山と同様に、私もルーチン業務に嫌気がさしてきました。そんなときに中小企業の担当になり、経営者からの「お金がない」という切実な悩みを聞く機会が増えたのです。「大企業と違い、毎日成長し続けなければならない中小企業の社長さん相手のほうが向いているのでは」と思い、独立を決めました。  2017.07.10