【税理士を変更した理由】従業員があげた悲痛の声! 弱者に強く税務に弱い、自称敏腕税理士
- 2020.05.26
- プロパートナーONLINE 編集部
【税理士を変更した理由】工務店経営奥平社長(仮名)の告白
私は、沖縄本島から南に230キロ、青い海と豊かな大自然に囲まれた宮古島の生まれです。大学合格と同時に上京し学生時代はクラブ活動に明け暮れ、六本木、西麻布、芝浦と夜な夜な繁華街で過ごす毎日。そのうち、都内に飽きると、よりディープな刺激を求め、巡り巡って横浜に流れ着いたのです。
当時、日本でいちばんブラックミュージックのCDが売れる街だった横浜は、私のいちばん落ち着く居場所になりました。石川町で朝まで遊んでそのまま早朝の市場で朝ごはん。そんな学生時代を過ごしました。
しかし、時間は残酷なもので、楽しいだけの時間ほど長続きしないものです。大学4年の夏も過ぎ、ある友人は就職先が決まり、またある友人は大学院に進学、経営者を目指し勉強を始める友人もいました。金曜日の夜になると、なんの約束もなく自然と集まっていた友人たちも、皆それぞれの道を進み始めたのです。まるで、顧問契約が切れたかのように……。
結局、進むべき方向も見いだせないまま卒業した私は、久しぶりに家族の待つ島に帰りました。
家族を驚かそうと、何の連絡もせず島に戻った私。実家に差しかかった時、家から出てきた両親とばったり会ったのです。
久々に会う息子の予期せぬ帰省、きっと両親は喜んでくれるはず……と思っていました。
「誰?」
母親が口にしたその一言。
両親たちは、東京の生活で変わり果てた私を、ひと目で理解できなかったのです。もちろん、すぐに息子だと気が付いてくれましたが、あのときの、他人を見るような冷めた母の視線が、「このままではいけない!」と私に気づかせ、進むべき道を決定づけたのです。
私は一念発起し、元々インテリアが好きだったこともあり、東京で小さな工務店を営むことにしました。
それから数社で修行を積んだ私は、満を持して独立。事務所探しと並行しながら金策に明け暮れ、いくつもの会計事務所を回り、創業支援や融資に強いと評判の税理士さんのおかげで、なんとか起業にこぎつけたのでした。
あの日から、8年。仕事も軌道に乗り、従業員も増え、細々ながらもしっかりと地に足を付けて経営を続けていました。
そんなある日……
「もう限界です!」
経理の女の子から突然切り出されたのです。彼女は初めて新卒採用した子で、若いながらも気が利き、なによりも頑張り屋でした。
よくよく話を聞いてみると、開業時からお世話になっている税理士先生に原因の一旦があったのです。
弱者に強く税務に弱い、自称敏腕税理士
そのコが、経理経験が浅いことが気に入らないらしく、とにかく高圧的に上から目線でものすごい物言いをするらしく、店の電話が鳴るたびに「また先生からの電話だ。怒鳴られる!」と具合が悪くなってしまい、もう続けていけないと言うのです。私が企業時からお世話になっている先生ということを知っていたので、なかなか言い出せなかったらしいのですが、電話口で「お前」「そんなことも分からないのか!」と罵声を浴びせられることもしばしば。分からないことを聞いても「自分で勉強しろ!」「素人に付き合う暇はない!」とアドバイスもくれないらしいのです。顧問契約をしているにも関わらず、事務所に顔を出すのも年に数回です。
私が連絡をすると、ものすごく丁寧に、いつもの頼りになる先生なだけに気づくことができず、ここまで事態が悪化してしまいました。
顧問税理士と社員、天秤にかけることではありませんが、私は悩むことなく顧問税理士を変更することにしました。
話せば解決するかもしれない、態度をあらためてくれるかもしれない。ただ、私と新卒の従業員、表裏のある態度に信用がおけないのです。税理士の先生は、誰よりも会社の実情を知る人です。なによりも信用・信頼が大切だと、私は思うのです。
もちろん、スキル・経験の少ない経理担当にも原因はあると思います。
ただ、きちんと、顧問料をお支払いしている以上、最低限の丁寧な対応と、税金の相談には的確に答えてくれる、人として信頼できる会計事務所を紹介してください!
ここが要注意!
- 従業員への横柄な対応が解約につながることも
- 税務・会計に関する顧客からの質問には、適当に答えない
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